ともも人物図 【兵庫県立兵庫津ミュージアム 名誉館長 田辺 眞人さん】はずかしがり屋の少年が歩くウィキペディアに(192号)

ともも人物図 【兵庫県立兵庫津ミュージアム 名誉館長 田辺 眞人さん】はずかしがり屋の少年が歩くウィキペディアに(192号)
ともも人物図
◎兵庫県立兵庫津ミュージアム 名誉館長 田辺 眞人さん

◎兵庫県立兵庫津ミュージアム 名誉館長 田辺 眞人さん

今回はさくらFMで「Cafeさくら通り火曜日」を担当している久保直子が、かつてラジオ関西の番組で相方を務めた田辺眞人先生にインタビュー。名誉館長をされている兵庫津ミュージアムで取材。ちょうど5月5日のこどもの日でした。

■先生の子どもの頃って?

過保護で恥ずかしがり屋でね。でも調べたり集めたりすることが好きでした。小2で『理科図鑑』、高学年で百科事典が愛読書に。蝸牛や化石を収集。今でも大切に保管しています。歴史に集中したのは高校の時。「世界史」の中島武志先生と「日本史」の名生昭雄先生の授業に魅せられてからです。

■何かができない時は他の何かができる時?

第一志望の大学に2回落ち、関西学院大学文学部史学科で西洋古代史を専攻。大学3~4年の頃は学園紛争の真っ只中。学校も封鎖され大学では勉強にならないのでこの機会に英語を身に付けておこうと思い夜、パルモア学院に通いました。

■人生を変えた2週間

教員免許の取得だけのために母校の兵庫高校へ教育実習に行きました。すると、「歴史の授業をするのが面白い!」。もうハマってしまって!「高校の歴史の先生になる!」と決めました。
それから猛勉強し、採用試験に合格。念願の高校教師に。研究活動や芸術活動をする先生も多く10年くらいは満足していましたが、次第に高校が変わり先生方も研究に時間を費やすことができなくなっていきました。

■ニュージーランドへ

そんな中、文部省がニュージーランド教育省に1年任期で人を送っていることを知り、受験し合格。86年4月からニュージーランドへ。
日本語教育のための教科書作成などをする一方でラジオニュージーランドにも出演。ウェリントンの市民講座で日本史を教えました。帰国を惜しむ声もありましたが1年の任期を終え帰国。ところが、実績を買ってくれたマッセィ大学のスカウトで再びニュージーランドへ。
日本・ニュージーランド交流史など非常にやりがいのある研究をしていました。永住権も得たのですが父も僕も一人っ子のため帰国せざるをえませんでした。ちょうどオセアニアとの交流を進めていた園田学園女子大学にご縁を頂き、現在に至ります。

◎初代県庁館の門の前

◎初代県庁館の門の前

■帰国後はさっそく様々なことに手腕を発揮されたのですね

県域の歴史や比較文化論を教えましたが、県庁発祥地記念事業にも関わらせていただき、昨年秋にいよいよ兵庫県立兵庫津ミュージアムが完成。今年3月には既に入館者が10万人を超える人気スポットに。
古代には大輪田泊(おおわだのとまり)、中世以降は兵庫津(ひょうごのつ)と呼ばれ日本で最も歴史の長い重要な港のあった場所。経済・外交の重要な拠点であったことから、廃藩置県に先立つ1868年に初代兵庫県庁がこの地に置かれました。そんなユニークな兵庫県の成り立ちは1Fシアターと常設展で学べます。個性豊かな五国の魅力にも触れてください。
映画のロケも可能な初代県庁館ではバーチャル体験もできます。『名誉館長文化サロン』のアンコール講座は募集が8月に。詳しくはHPで。(久保直子)


◻プロフィール
兵庫津ミュージアム名誉館長、園田学園女子大学名誉教授、兵庫県阪神シニアカレッジ学長、ラジオ関西「田辺眞人のまっこと!ラジオ」出演。

■おすすめ歴史ウォーク
兵庫津ミュージアムでしっかり学んだあと、早速追体験できる場所が目の前にあることも魅力。大輪田橋~清盛塚~平清盛像~真光寺~兵庫大仏能福寺の1時間コース。
兵庫運河を見て、市バス「兵庫津ミュージアム前」から3系統に乗り、熊野橋から湊川隧道、夢野2丁目から烏原水源地など、三大土木事業を巡る半日コースもピクニック気分で。夜のライトアップも幻想的。

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